日本の金融市場はいま、20年ぶりに正常な姿へ戻りつつある。10年国債利回りは2%台半ばに達し、30年債、40年債といった超長期国債は急騰している
これは危機ではない、市場が、ようやく価格機能を回復しただけだ、異常だったのは、これまでの日本だ
問題は、その正常化を前にして政治と日本銀行が完全に機能不全に陥っている
日本銀行は、中央銀行としての裁量をすでに失っている
政策金利は市場に影響を与えず、フォワードガイダンスは空文化し、誰も本気で受け取っていない
理由は単純だ、日銀自身が巨大な地雷原の上に立っているからである、国債の過剰保有による含み損、ETFの大量保有による株価下落耐性の欠如
金利が上がれば国債で損をし、株価が下がればETFで損をする、つまり日銀は、何も起きない世界が続くことを祈るしかない主体に成り下がった
この状態を放置しているのが、植田和男総裁である。学者としての経歴は評価されよう。しかし、中央銀行総裁に求められるのは論文ではない、判断であり、決断であり、その結果に対する責任である
ETFを売却するという、最も直接的で即効性のある手段すら実行しない、株価は下がり、投機は冷え、資金は国債へ戻るだけの話だ、それでも動かないのは、失敗の責任を負いたくないからだ
一方、政治の側も深刻だ。高市早苗政権は、財政規律や国家観については強い言葉を発するが、金利上昇という現実の前では沈黙している
10年債、30年債、40年債の急騰が意味するのは、日銀の含み損拡大と、政府利払い費の爆発的増加だ、これは思想の問題ではなく算数の問題だ
だが、高市政権からその説明は一切聞こえてこない
その代わりに前面に出てくるのが、「食料品の消費税ゼロ」といった分かりやすい政策だ
だが、これは生活支援ではない、インフレ下では価格転嫁と流通マージンに吸収され、家計の実質負担はほとんど改善しない
一方で税収は減り、国債発行は増え、長期金利はさらに押し上げられる。これは経済政策ではなく、政治的スローガンだ、そして円安は進む
本当に生活を守るのであれば、やるべきことは明白だ
消費税は据え置き、所得税で低所得者の実効税率を下げ、富裕層には累進性を強化し、金融所得課税を含む金融税の検討、相続税の抜け道の封鎖と税率引き上げを行う
これらは再分配と財政健全性を同時に成立させる、現実的な選択肢だ、しかし高市政権は、それを選ばない、理由は簡単だ。支持層に痛みを伴うからである。
この行き詰まりの原点が、アベノミクスでだった、アベノミクスは、日本銀行を政策主体ではなく、財政の装置へと変質させた、
国債を大量に引き受けさせ、金利を人為的に抑え、政府の利払い費を低下させる。その代償として、日銀のバランスシートは意図的に棄損され、家計は金利収入を奪われた
これは金融緩和ではなく政治と日銀の癒着による、制度的な収奪だ
いま、市場はそのツケを突きつけている。金利という、最も正直で、最も残酷な形で、市場は語らない、忖度もしない
ただ、価格で裁く、高市早苗政権も、植田和男日銀も、そしてアベノミクスの遺産も、その裁きから逃れることはできない
問題は、株価が下がるかどうかではない、この国に、判断し、責任を引き受ける意思を持ったリーダーが、政治にも日本銀行にも存在しないことだ
市場はすでに動いた、次に問われるのは、我が国の国民と政治家がこの現実を直視する勇気を持てるかどうかにかかる